医師が脳梗塞の前兆である一過性脳虚血発作(TIA)を見逃したことにより、患者が脳梗塞を発症して重度の後遺症が残存した過失が認められた事件

判決福岡地方裁判所 平成24年3月27日判決

一過性脳虚血発作(TIA)とは、一時的に脳の動脈が詰まって、手足の痺れ、言葉の障害、顔の表情の異常などの脳梗塞と同じ症状が現れて短時間で消失する現象です。

またTIAは、脳梗塞の前触れ発作と言われており、TIAを起こした人の10~15%の人が3ヶ月以内に脳梗塞になり、そのうち半数はTIAの発症から2日以内に脳梗塞を発症しています。

TIAを疑われた場合は速やかにMRIやCT検査、心電図、血液検査などを行い、その結果に基づいて脳梗塞発症の予防のために必要な治療を行う必要があります。

TIAが放置され脳梗塞を発症した場合は後遺症が残る可能性が高くなるため、早期に適切な診断を行い、直ちに治療を行うことが重要です。

以下では、TIAの発症を見逃したことにより、患者が脳梗塞を発症した過失が認められて約440万円の賠償を命じた事件を紹介します。

事案の概要

女性Aは、居酒屋での支払いの際に硬貨を落とし、それを拾ってはまた落とすという動作を繰り返し、表情についても顔面の片側が垂れ下がっている様子が見受けられたため、居酒屋の店主が脳梗塞を疑い救急車の出動を要請しました。

救急隊員は女性Aの症状から一過性脳虚血発作(以下TIAという。)を疑い、女性Aの通院先であった被告病院に搬送しました。

被告病院に搬送後、当直医であった消化器外科専門のB医師は、女性Aの状態が意識清明で歩行障害はなく、腱反射、瞳孔反射ともに正常であることを確認しました。TIAの疑いについては、意識障害があるのがTIAだと思っていたため、女性AはTIAではないと判断して翌日検査を受けるよう伝えて帰宅させました。

翌日、女性Aは再び被告病院を受診しました。女性Aの主治医である循環器科のC医師は、女性Aを診療するに先立ってカルテを確認したところ、昨夜に女性Aが救急搬送されTIAが疑われたことが書かれていたため、急性脳梗塞の診断をすべく、脳のMRIなどの各検査を実施しました。

検査の結果、陳旧性脳梗塞、多発性脳虚血と診断し、C医師もTIAは意識障害を伴うと誤認していたため、特別な治療は行わず女性Aを帰宅させました。

約2週間後、女性Aは自宅で倒れ、被告病院とは別の病院に搬送されました。女性Aは、意識障害、重度の感覚性失語、右下肢麻痺があったことから脳梗塞と診断され、要介護3級の認定を受けるに至りました。

原告らは、一過性脳虚血発作を見逃し治療を怠った過失があるなどとして、被告病院に対して損害賠償を請求しました。

裁判所の判断

裁判所は、TIAの診断をするにあたって、過去の症状についての問診を行うことが重要であり、TIAが疑われた場合は早急に原因を究明して治療を開始すべきことは一般的な医学的知見であり、脳梗塞の非専門医でも認識しておくべき内容であることを指摘しました。

そのうえでB医師およびC医師について、女性AがTIAの疑いで搬送されてきたことを認識していたのだから、女性Aや付き添いの家族に対して、詳細な問診を行うべきだったにもかかわらずそれを怠り、女性Aに意識障害が生じていなかったことからTIAではないと判断したため、このような診断は不適切であったと判断しました。

またC医師は、女性Aに対して適切に問診を行っていれば、本件発症時に女性Aに生じた症状がTIAの場合に現れるものと合致していることを認識して、その他に脳のMRI検査などの結果でTIAを発症したことが分かる陳旧性脳梗塞(過去に発症した脳梗塞の跡)の所見が発見されたことを総合考慮して、女性AがTIAの疑いが強いと診断して治療を開始するべきであったと判断しました。

しかし、治療がたとえ開始されていたとしても100%脳梗塞を防げていたとは認められないとして、被告病院の義務違反と脳梗塞の発症との間の因果関係は否定しました。

結果裁判所は、TIAの患者に対して適切な診断や治療を行わなかった過失を認めて被告病院に対して約440万円の賠償を命じました。

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