ニューズレター
2020.Apr vol.100
2020.4.vol.100掲載
1 Xは、Y社に雇用され、Dが店長を務めるパチンコ店で業務に従事していましたが、Xの直属の上司であったA班長から継続的にパワーハラスメント(以下、「本件パワハラ行為」といいます。)を受けてうつ病に罹患し、退職してしまいました。その後、XはY社に対して、使用者責任(民法715条)又は債務不履行(安全配慮義務違反・民法415条)に基づき、損害賠償及びそれにかかる遅延損害金の支払いを求めた事案です。
2 本件パワハラ行為の内容
平成24年4月、A班長がXの勤務する店舗の班長として転入し、同年5月頃から、A班長は、Xに対して、業務中のインカム(開店後に従業員全員が装着し全員に聞こえる状態にある)での指示において、「帰るか。」、「しばくぞ。」、「殺すぞ。」等という言葉を浴びせていました。
同年6月には、A班長は、Xの接客態度が暗い、行動が遅い、自身の指示に対して反抗的である等、Xの勤務態度を問題視して、アルバイト等を指導する役回りにあったXを、当該役回りから外す降格的配置を行いました。
同年7月には、勤務方法を巡ってXと口論になったA班長は、Xに対して、「お前もほんまにいらんから帰れ。迷惑なんじゃ」と怒鳴り、Xの腰付近に装着していたパチンコ台の鍵を強引に取り上げようとしました。
同年9月には、A班長は、Xがパチンコの新台を破損させたとして、Xを大声で怒鳴りつけ、Xに始末書を作成させました。
同年10月2日には、A班長は、Xが自身の指示を守らなかったとして、カウンター横に勤務終了まで約1時間立たせ、ほかの従業員に対して、「みんなもちゃんと仕事せんかったらXのような目にあうぞ。」とインカムを通じて発言し、Xを晒し者にしました。
3 Xのうつ病について
Xは、平成24年10月2日の勤務終了後から不眠状態になり、同月6日、意欲減退、倦怠感、食欲不振、睡眠障害を訴えて病院を受診し、うつ病と判断されました。Xは、平成25年1月31日に退職届を提出し、平成30年3月27日(第一審口頭弁論終結日)まで就労不能の状態が続いていました。
1 本件事件の争点
本件事件の争点は、①A班長によるパワハラの有無、②D店長によるパワハラ認容の有無、③Xのうつ病の状態(治癒の有無)、④パワハラ行為及びその認容とXのうつ病との因果関係の有無、⑤Y社の法的責任の有無、⑥Xの損害であり、主な争点は、④パワハラ行為及びその認容とXのうつ病との因果関係の有無及び⑥Xの損害でした。
2 第1審の判断
⑴ 争点④に関する判断
第1審判決は、本件パワハラ行為とうつ病の発症との間には相当因果関係が認められるとした上で、ストレス脆弱性理論によれば、個体側の脆弱性が大きければ心理的負荷が小さい場合にも精神的破綻を来すことになるところ、XとA班長は常時同勤ではなかったこと、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度とまではいえないこと、Xのうつ病は、すでに5年半に及ぶも改善の目途が立っていないことから、「個体側の脆弱性がうつ病発症及び長期化の素因となっているものというべきであって、それは損害賠償額の認定に当たっては衡平の観点から斟酌すべき」と判断し、Xの性格等をその脆弱性として、損害額から減額することを認めました。
⑵ 争点⑥に関する判断
第1審判決は、Xの約5年半の休業にかかる休業損害と慰謝料を算出した上で、25%の素因減額を行い、これに休業補償給付金を充当して、572万3434円の支払いを求める部分を認容しました。
3 控訴審の判断
⑴ 争点④に関する判断
ア 本判決は、本件パワハラ行為とXのうつ病発症との間には相当因果関係が認められるとした上で、被害者の心因的要因と損害の発生について、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害の発生または拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で考慮することができることを一般論としては掲げました。しかしながら、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合には、上司からパワーハラスメントを受けて、うつ病に罹患したことを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するにあたり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として考慮することはできないと述べました。
イ 控訴審では、第1審が素因減額を肯定するにあたって考慮した、XとA班長は常時同勤ではなかったこと、本件パワハラ行為による心理的負荷は極めて強度とまではいえないこと、Xのうつ病は、すでに5年半に及ぶも改善の目途が立っていないこと等がうつ病の発症及び長期化の要因の一部となっていることは、否定しがたいところと言わざるを得ないと判断しました。
しかしながら、労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会の専門医の意見やXの同僚の供述等を考慮し、Xの性格等が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないとして、Xの性格等をその脆弱性として、損害額から減額することは相当ではないと判断しました。
ウ したがって、本判決では、第1審の判断とは異なり、素因減額しないという判断となりました。
⑵ 争点⑥に関する判断
以上の通り、本判決は、Xの性格等をその脆弱性として、損害額から減額しないという判断をし、1116万9214円の損害額の支払請求を認容しました。
1 被害者の心因的要因と損害の発生
控訴審判決では、「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるもの」かどうかの判断にあたり、控訴審は、Xの労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会の専門医の意見として、「性格傾向については、本人の申立書によると『温厚で、他人に気をつかう事が多い。』と記されている」と述べられていること、他の従業員が「落ち着いているという印象です。」、「きちんと常識を持った普通の方だと思います。」と述べていること、Xの既往歴、生活史(社会適応状況)、アルコール等依存状況について調査した範囲で不明であること等を考慮して、Xの性格等が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものではないとの判断をしました。控訴審が、これらの事実を重要視した結果、第1審と控訴審の判断を分けることにつながりました。
今後同様の事件においてストレス耐性の弱さ等を理由に素因減額を主張する場合には、対象の従業員の異常性、既往歴、社会不適応状況等を主張し、その者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであることを立証することにも留意しておくことが望ましいでしょう。
2 パワハラ行為について
本件事案は、パワハラ行為と損害の因果関係の判断について、第1審判決と控訴審判決の判断が分かれたものですが、パワハラ行為自体が争われることも多く、第1審判決と控訴審判決の判断が分かれることもあります。業務上の指導・叱責とパワハラとの境界の判断については、問題とされた言動の直接的な内容だけでは評価できない場合が多いことには、注意が必要です。注意・指導の内容(それがなされた原因となる注意・指導を受ける者のミス等といった問題行為、注意・指導の厳しさの内容)は直接的な内容として重要ですが、そもそも、その指導、叱責が繰り返されるに至った背景(注意・指導される側の明白な落ち度、素養といった労働者側に問題があることもあります。)も含めて評価されるため、当該業務上の指導の相当性においては、指導対象となる行為(ミス等)の重大性又は軽微性と指導や叱責の程度の相関関係によって判断されます。