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ニューズレター
2023.Sep vol.106
不動産業界:2023.9.vol.106掲載
私は、賃貸物件を所有しているオーナーなのですが、入居者の一人が、逮捕・勾留されてしまいました。
逮捕・勾留されたことを理由として、この入居者との間の賃貸借契約を解除することはできるのでしょうか?
賃貸借契約書には、入居者が刑事事件を起こしたときに賃貸借契約を解除できることが定められているので、この解除条項を使うことはできるのでしょうか?
賃貸借契約書上に入居者の逮捕・勾留を理由として解除できる旨の定めがある場合であっても、逮捕・勾留されたという一事をもって賃貸借契約を解除するのは困難なため、当該犯罪行為の内容や重大性、近隣住民への影響等を考慮して、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されているかどうかを慎重に検討する必要があります。
賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的な権利関係であることから、賃貸借契約の解除は、通常の契約解除の場合と比べて制限されており、賃借人に債務不履行がある場合でも、当事者間の信頼関係を破壊するに足りるほどの債務不履行でない限り、解除をすることができないとされています(最高裁昭和41 年 4 月 21 日判決等参照)。
加えて、解除のためには、債務不履行が、契約及び取引上の社会通念に照らして軽微でないことも必要とされ(民法 541 条ただし書)、また、契約の主たる目的の達成に必須的でない、契約上付随的な義務を怠ったにすぎない場合には、特段の事情がない限り、解除をすることができないと考えられています。
賃貸借契約に関しては、賃料支払債務が要素たる債務であり、その他の付随的債務については、債務不履行があったとしても、容易に解除が認められるわけではありません。
以上のことを踏まえると、賃貸借契約書上、入居者が刑事事件を起こしたことによって解除することができる条項が設けられている場合であっても、同条項を理由として解除が認められるためには相応のハードルがあり、単に逮捕されるといった事情では足りず、少なくとも、当該刑事事件により賃貸人と賃借人との間の賃貸借契約を継続するのに現実的な影響がある等の事情が必要になると考えられます。
裁判例では、著名な相撲力士が大麻取締法違反の容疑で逮捕されたケースにおいて、入居者が社会的に有名な人物で、当該刑事事件により社会的な耳目が集められたこと、賃貸物件内において犯罪行為が行われたことによって近隣住民が不安を抱いたこと等の理由から、賃貸借契約の解除を認めたものがあります(東京地裁平成 21 年 3 月 19 日判決参照)。
この裁判例は、入居者が逮捕・勾留されたことから直ちに賃貸借契約の解除を認めたものではなく、入居者が行った犯罪行為と賃貸物件との関連性や、犯罪行為の重大性に加え、当該刑事事件が社会的な耳目を集め、近隣住民の間に不安が生じ、平穏な生活環境が害されていることを考慮していると考えられます。
入居者が逮捕・勾留された場合、賃貸借契約を解除したいと考える賃貸人の方がいらっしゃいます。また、近隣住民が入居者の逮捕・勾留の事実を知った場合、不安を覚えることも多いかと思います。
もっとも、上述したように、入居者の逮捕・勾留を理由として、賃貸借契約を解除することは容易ではなく、慎重な判断を必要とするケースが多いように見受けられます。入居者の逮捕・勾留を理由として賃貸借契約の解除を検討する際には、弁護士に相談するのが安全でしょう。