ニューズレター
2016.Oct Vol.23
不動産業界:2016.10.vol.23掲載
先日、ようやく新しい居住用のマンションが完成しました。これから入居者さんを募集するのですが、退去の際に敷金の返還額のことで入居者さんと揉めてしまうことが多いと聞いたことがあります。
そのようなトラブルになってしまったら困りますから、知り合いの不動産屋さんに相談したところ、「退去するときには部屋のクリーニング費用として敷金10万円から3万円を差し引く」といった内容の特約を賃貸借契約で定めておくようアドバイスされました。
でも、退去時に敷金から一方的に3万円を差し引くという内容の特約は法律上有効なのでしょうか?
いわゆる『敷引特約』に関するご質問ですね。
敷引特約の有効性につきましては消費者契約法第10条との関係で議論があり、裁判例や学説において有効説・無効説と分かれていました。しかし、平成23年3月24日の最高裁判決において、原則として敷引特約は有効であるものの、敷引金の額が高額に過ぎる場合には、特段の事情のない限り、消費者契約法第10条によって無効になるとの判断が下されました。
以上を前提にいたしますと、敷引金の額が3万円(敷金10万円)ということであれば高額に過ぎるとはいえず、敷引特約が無効と判断される可能性は高くないと考えられますが、敷引金を高額に設定しすぎてしまった場合には、敷引特約を無効と判断されてしまう恐れがあることから注意が必要です。
消費者契約法第10条は、法律の任意規定に比べ、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であり、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効である旨を定めています。そして、居住用建物の賃貸借契約を個人と締結することは消費者契約に該当いたしますので、消費者契約法第10条が適用されることになります。
さて、今回問題となっている敷引特約については、この消費者契約法第10条によって無効になるのではないかとの議論がありました。
しかし、最高裁判所は平成23年3月24日の判決において、「居住用建物の賃貸借契約における敷引特約は、別異に解すべき合意等のない限り、原状回復義務のない通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものであることから、法律の任意規定に比べて消費者にとって不利な特約ではあるものの、原状回復をめぐる紛争を防止するといった観点などからあながち不合理なものとはいえず、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできないため、原則として敷引特約は有効である」旨の判断を示し、そのうえで、「敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には、賃料が賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであって、消費者契約法第10条により無効となると解するのが相当である」旨の判断を示しました。
そして、当該事案における敷引金の額は、賃貸借契約の経過年数に応じて賃料月額の2倍弱から3.5倍まで変動するものでしたが(敷金の額は賃料4ヶ月分程度)、諸般の事情を考慮したうえで、これを高額に過ぎるものではないとして、当該事案における敷引特約を有効であると判断したのです。また、最高裁判所は別の事案において、敷引金の額を敷金の60%(賃料月額の3.5倍)とする敷引特約についても、諸般の事情を考慮したうえで有効であると判断しています。
以上のとおり、原則として敷引特約は有効であるところ、敷引金の額が3万円程度(敷金10万円)であれば高額に過ぎるとまではいえないと考えられますので、本件における敷引特約は有効であると判断される可能性が高いと考えられます。
敷引特約は、関西地方における建物賃貸借契約においては慣習となっておりましたが、最高裁判決によって法的有効性の裏付けもなされました。敷引特約は上手に使うことができれば原状回復に関するトラブルを回避することができる便利な特約であることから、新規の賃貸借契約を締結する際には導入を検討なされてはいかがでしょうか。