ニューズレター
2017.Jul Vol.32
不動産業界:2017.7.vol.32掲載
アパートの賃貸をしているんだけど、304号室の入居者さんが死亡してからは一緒に住んでいた内縁の妻が304号室の賃料を支払いながら住み続けているんだ。死んだ入居者さんに相続人がいるかはわからないが、内縁の妻は、契約者でも相続人でもないし、定職にもつかず収入が不安定だと聞いているが、賃料不払いのおそれもあるから契約を解除することはできますか?
そもそも、契約は入居者さんの死亡によって終了しないの?
入居者さんが死亡した場合であっても、賃貸借契約は当然には終了しません。
入居者さんに相続人がいると、入居者さんとの間の借家関係は入居者さんの相続人に相続されます(民法第 896 条本文)。また、入居者さんに相続人がいない場合には、内縁の妻が事実婚関係であった同居者として賃借人の地位を承継することがあります(借地借家法第 36 条)。
したがって、内縁の妻による賃料不払いが実際に生じない限り、賃料不払いのおそれを理由に契約を解除することはできません。
賃借権契約における賃借人が死亡した場合、賃借人の有していた賃借権は、相続の対象となります。そして、当該賃借権は、相続開始により共同相続人による準共有状態となり、遺産分割協議を経て特定の相続人に帰属することになります。
内縁の妻は相続人ではないため、賃借人であった被相続人の死亡により直ちに退去しなければならないかが問題となります。また、内縁の妻が退去せず、引き続き居住できるような場合、賃料の支払いはどうなるのかが問題となります。
これらの点については、賃借人に相続人がいるか否かに分けて検討します。
(1)賃借人に相続人がいない場合
この場合、借地借家法の定めによれば、居住用建物の賃借人が相続人なく死亡した場合、事実婚関係や事実上の養親子であった同居者は賃借人の地位を承継するとされています(借地借家法第 36 条)。したがって、事実婚状態にある内縁の妻は、当然に賃借権を取得し、これを根拠に居住を継続できます。
それに伴って、内縁の妻は、賃貸借契約における賃借人として賃料支払義務を負うことになります。
(2)賃借人に相続人がいる場合
この場合、死亡した賃借人が有していた賃借権はその相続人に相続されることにより、賃借人としての賃料支払義務が相続人に承継され、賃貸人は死亡した賃借人の相続人に対し賃料の支払を請求できることになります。
ア 賃貸人と内縁の妻との関係
この場合を規定した法令はありませんが、最高裁は賃借人死亡後に内縁の妻が家主から退去を求められた事案で「被相続人の死亡まで、内縁の妻は被相続人の賃借権を援用して居住できたのだから、被相続人の死後は、相続人に承継された賃借権を援用して居住を継続できる」と判示し、残された内縁の妻は家主の明け渡し請求に対抗できるとしています(最判昭和 42・2・21 民集 21・1・155)。
また、内縁の妻は賃借人にはならないため、賃借人との関係では賃料支払い義務を負うことはありません。
イ 相続人との内縁の妻との関係
上述のとおり、相続人がいる場合、賃借権は内縁の妻ではなく相続人に承継されるため賃貸借契約の当事者は賃貸人と相続人です。そこで、賃貸人と相続人とが合意により賃貸借契約を解除したり、相続人が借家権を放棄して内縁の妻を追い出せるかという問題が生じます。
この点につき、賃貸人と相続人による合意解除は信義誠実の原則に反しない特段の事情がある場合を除いて内縁の妻に対抗できないとする判例(東京地判昭和 63・4・25 判時 1327・51)や、相続人による借家権放棄は共同生活者との関係でその生活を覆すもので無効であるとした判例(大阪地判昭和 38・3・30 判時 338・34)があります。
このように、判例は内縁の妻の居住権を保護する傾向にあります。もっとも、賃借人となった相続人が賃料を支払わないために賃貸人から債務不履行解除された場合には、今のところ内縁の妻を保護する明確な法的構成はありませんが、内縁の妻は、相続人による債務不履行に基づく解除の前であれば、賃貸人に対し、利害関係人として賃料を第三者弁済して、解除を回避することが可能であると考えられます(民法第 474 条)。