ニューズレター


2019.Dec vol.61

原状回復義務の範囲


不動産業界:2019.12.vol.61掲載

今、アパートの一室を貸しているのですが、来月、借主が退去することになりました。次の入居者を募集するためには、建物の経年変化や通常の使用による部分も綺麗にしておく必要があると考えています。賃貸借契約書に『ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する』旨の特約がありますので、借主に対して、経年変化や通常の使用による部分に関する修繕費用も請求できますよね。


明確な記載ではない賃貸借契約書の特約に基づいて、借主に対して、経年変化や通常の使用による部分に関する修繕費用を請求することは難しいと考えられます。

さらに詳しく

原状回復にかかるガイドライン(国土交通省住宅局)によりますと、原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧することをいい、こういった原状回復に係る費用は、賃借人が負担すべきであると考えられます。なぜならば、賃借人は賃借物を善良な管理者としての注意を払って使用する義務を負っており(民法400条)、賃借人は日頃から社会通念上要求される程度の注意を払って賃借物を使用し、通常の清掃を行う必要があると考えられるからです。

一方、建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)や賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)の修繕にかかる費用は、原則として、賃貸人が負担すべきであると考えられます。

というのも、賃借人は、賃貸借契約が終了した場合、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物の使用とその対価としての賃料支払いを内容とするものであり、賃借物の損耗の発生は、賃貸借契約の本質上当然に予定されているものですので、建物賃貸借において、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませて、その支払を受けることにより行われており、建物賃借人に賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになると考えられるからです(最高裁平成17年12月16日)。

では、賃貸借契約において、経年変化や通常損耗に対する修繕義務を賃借人に課す特約を全くすることができないかといえば、そういうわけではありません。最高裁平成17年12月16日は、当該修繕義務が賃借人に認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である旨の判断を示しました。

こういった裁判所の考え並びに消費者契約法9条1号及び同10条を踏まえて、原状回復ガイドラインは、賃借人に特別の負担を課す特約の要件として、①特約の必要性があり、かつ、暴利でないなどの客観的合理的理由が存在すること、②賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること及び③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていることを挙げています。

一般的に、次の入居者を確保するために、賃借物全体のクリーニングを行うことは必要であると考えられます。

しかしながら、本件賃貸借契約書の特約では、特別損耗のみならず、通常損耗に係るクリーニング費用も賃借人が負担するのかどうかが明確になっておらず、どの程度の費用を負担するのかも明らかになっていません。

従って、賃貸人と賃借人との間で、「本来この費用を負担する必要はないけれども、例外的に、この箇所をクリーニングするために、これ位の費用を負担してもらいますよ。」「分かりました。」というような合意の存在が客観的に明確にならない以上、賃貸人が賃借人に対して、経年変化や通常の使用による部分に係る修繕費用を請求することは難しいと考えられます。

本ニューズレターは、具体的な案件についての法的助言を行うものではなく、一般的な情報提供を目的とするものです。

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