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ニューズレター
2021.Jan vol.74
不動産業界:2021.1.vol.74掲載
私は、賃貸物件を所有していて、入居者さんへの賃貸を管理会社に任せているのですが、管理会社からよく敷金の清算について確認するよう依頼されます。
敷金は貸したお部屋を元の状態に戻すためにかかる修繕費などに充てられて残りは退去していく入居者さんにお返しするということは知っています。
ただ、専門的な知識がないし時間もなかなか取れないので、どこにいくら修繕費用をかけたのかを毎回確認するのは大変です。
敷金は、退去の都度修繕費などの費用を確定させなければ清算できないものなのでしょうか。
厳密には敷金とは異なりますが、ご相談者様のご要望にお応えできるものとして「敷引特約」というものがあります。
敷引特約とは、賃貸借契約が終了した際、賃借人から差し入れられた金銭のうちあらかじめその契約で定めた一定割合を控除するという内容の特約をいいます。
あらかじめ契約で定めた割合を機械的に控除できるので、その都度原状回復費用の確認を行う必要がなくなります。
もっとも、敷引特約は、事業者との取引から消費者を守るために国が定めている消費者契約法に抵触すると無効となってしまうので、定める内容には注意が必要です。
私人間の賃貸借契約は、契約自由の原則が適用されますので、借地借家法などの強行法規に抵触しない限り、契約内容を自由に定めることができます。
しかし、消費者契約法10条は、次の①及び②のいずれにも該当する条項は、消費者つまり賃借人の利益を一方的に害する条項として無効になると定めています。
①任意規定と比較して消費者の権利を制限し又は義務を加重する条項
②信義則に照らして消費者の利益を一方的に害する条項
前提として、賃借人は、居室の傷や汚れ全てについて原状回復する必要はありません。賃借人の故意、過失、善管注意義務違反などによって生じた価値減少に対して原状回復をすれば足り、通常損耗や経年変化の部分は除かれます。
要するに、借りている部屋を使っていれば通常発生するような汚れや傷などについては賃借人が原状回復する必要がないということです。例えば、冷蔵庫の熱によって設置場所の壁が黒ずむなどがこれに当たります。
これに対し、ガラス容器を落としてフローリングを傷つけたり、換気を徹底しないことで水回りにカビを生じさせたりするなど、賃借人の過失によって生じた価値減少については、賃借人が原状回復しなければなりません。
消費者契約法に話を戻すと、敷引特約は、賃借人の原状回復かどうかを検討することなく一定割合の金額を機械的に控除しますので、賃借人が本来負っていない義務を加重する場合が出てきます。例えば、入居後1ヵ月で退去した場合、賃借人はほとんど居室を使っていないので、敷金であればほぼ全額を賃借人に返還することになるでしょう。他方で、敷引特約があれば、一定程度の割合を控除できてしまいます。このような理由で、敷引特約は、過去の裁判例でも①に該当すると判断されています。
では、②に該当しないようにすればどう定めるべきでしょうか。
敷引特約の有効性について判示した最小一判平成23年3月24日は、主に、②の該当性について判断するにあたり、以下の2点を重視しました。
Ⅰ 控除される金額が契約書に明示され、かつ、契約締結時に賃借人がそれを正確に認識していること
Ⅱ 控除される金額が居室の経過年数、専有面積などに照らし、通常損耗、経年変化の補修費用として通常想定される額を大きく超えないこと
Ⅰは、賃貸借契約書に敷引特約により控除される金額を明記し、契約締結時に賃借人に説明を尽くせば大きな問題とはならないでしょう。
これに対してⅡですが、本判決の事案では、建物の経過年数(1年未満から5年以上まで)に応じた金額が控除される内容の特約であったこと、控除される金額が月額賃料の2倍弱から3.5倍程度にとどまっていたこと、契約更新料以外の一時金の支払義務が定められていなかったことを考慮し、通常想定される額を大きく超えないとして、②に該当しない、つまり敷引特約が有効と判示しました。
まとめると、有効な敷引特約を定めるためには、賃借人の入居期間の長さに応じて段階を設け、控除される金額を月額賃料の3倍程度にとどめておくことが重要です。