ニューズレター
2015.Oct Vol.11
不動産業界:2015.10.vol.11掲載
先生、お久しぶり。
半年ほど前にうちのアパートの入居者が自殺してしまって、部屋の掃除だとか、遺品の引取りだとか、いろいろと大変だったのですよ。ようやくひと段落して、今度その部屋に新しい入居者を募集しようと思うんだけど、前の入居者が部屋の中で自殺したことを入居希望者に説明しなければならんのですかね。
説明したら入居希望者がいなくなるんじゃないか、自殺なんていまどき珍しくもないんだし、説明しなくてもいいのではないかと思うのですが。
いわゆる事故物件は、物件について心理的に瑕疵が生じている状態と捉えることができます。
貸主や仲介業者は、瑕疵について賃借人に告知する義務を負っていますので、新たに入居者の募集をするのであれば自殺があったことを告知しなければなりません。
先生、それじゃあ、この先ずっと自殺のあったことを説明しなければいけないということですか?
それから、自殺があった部屋以外の部屋で新たに入居者を募集する場合はどうなるのですか?
心理的な瑕疵がいつまで生じるか、どの範囲まで生じているかについては、個別具体的な事情によって判断せざるを得ないといえます。自殺の態様、自殺からの期間の経過、建物の特性等によって、一般的に心理的な嫌悪感が薄くなったと評価できれば、告知は不要と考えられます。
部屋の中で自殺が発生したという事情は、一般人において心理的抵抗感を持つことが多く、物件についての瑕疵と捉えられることが多いといえます。貸主や仲介業者は、少なくとも信義則上、物件の瑕疵について事前に相手方 に告知する義務が認められています。そのため、貸主は、瑕疵が存続している以上、相手方に告知しなければなりません。
もっとも、心理的な瑕疵がいつまで存続しているのか、集合住宅においてその部屋以外の部屋においても心理的な瑕疵が生じたといえるか否か等については、評価を伴う問題であり、明確な基準は存在しないのが実情です。
たとえば、東京地判平成13年11月29日は、「本件貸室が大都市である仙台市内に所在する単身者用のアパートの一室であることをも斟酌すると、本件貸室について、本件事故があったことは、2年程度を経過すると瑕疵と評することはできなくなるものとみるのが相当」と述べています。また、東京地判平成19年8月10日は、2階建10室の賃貸用建物の203号室内で自殺があったという事案ですが、裁判所は、傍論で、①自殺事故があった本件203号室に居住することと、その両隣の部屋や階下の部屋に居住することとの間には、感じる嫌悪感の程度にかなりの違いがあること、②自殺後の物件に住むことの心理的嫌悪感は時間の経過とともに希薄となるものであること、③当該建物が東京都世田谷区という都市部にある単身者対象のワンルーム物件であり、近所付き合いが相当程度希薄であると考えられること、④当該自殺が世間の耳目を集めるような特段の事情があるとも認められないこと等の事情を考慮して、貸主には、入居者が203号室内で自殺した後、本件建物の他の部屋を新たに賃貸するにあたり、「賃借希望者に対して本件203号室内で自殺事故があったことを告知する義務はない」と述べています。
以上からすれば、裁判所は、都市部の単身者用賃貸物件については、比較的短期間の経過により賃貸人の告知義務がなくなることを判断する傾向にあるといえます。
もっとも、土地の売買に関する裁判例においては、土地上に建っていた建物において約8年前に殺人事件があった場合や、4年前の火災事故による死亡等についても、心理的瑕疵を認めているものもあります。
心理的瑕疵にあたるか否かは、取引の態様や、事故の態様、事故が起きた時からの期間、建物の特性等を考慮して決せられるものと考えられます。
事故物件について告知義務や説明義務があるか否かは、自殺事故による心理的な嫌悪感が告知を不要とするまでに薄まる年月や事情を考慮せざるを得ず、個別具体的な事情によって判断するしかないものとなっています。悩ましい問題ではありますが、消費者保護の意識が高まっている現在においては、リスク回避の観点から極力告知することを原則とした方がよいでしょう。