ニューズレター
2019.May vol.56
不動産業界:2019.7.vol.56掲載
私は、建物の1階の部屋を借りているのですが、隣の部屋のベランダから悪臭がします。特に夏になると、私としても窓を開けておくことが多く、隣室からの悪臭が、かなり気になります。
現在、この異臭によって、引越しまで考えていますが、引越し費用を賃貸人又は隣室の入居者に対して請求することは可能なのでしょうか?
私は、この悪臭がなければ引越す必要がなく、もうこれ以上我慢することもできません。
本件において、相談者様が、賃貸人又は隣室の入居者に対して引越し費用等の損害賠償請求をできるか否かについては、本件で問題となっている臭いが、受忍限度を逸脱するかという点で判断されます。そして、臭いについては、臭気指数という形で客観的に数値化することが可能であり、本件における悪臭が、臭気指数の規制値を超えるものである場合には、質問者様の賃貸人又は隣室の入居者に対する引越し費用等の損害賠償請求についても認められる可能性があると考えます。
1.受忍限度論
賃貸借契約において、賃貸人は賃借人に対し、賃貸目的物を使用収益に適した状態で賃貸する義務を負っています(民法601条)。もっとも、賃貸人は、あらゆる臭いを防止する義務を負っているわけではなく、社会通念上、受忍限度を逸脱する程度の悪臭が賃貸目的物から発生しているにもかかわらず、賃貸人がこれを防止することを怠った場合には、使用収益義務に違反したとして債務不履行責任を負うと考えられています(東京地判平15年1月27日参照)。
また、賃貸借物件における借主の賃貸部分のように、自らが正当な使用収益権限を有する領域内においては、当該使用収益権限の範囲内で、自由に使用収益等をできるのが原則です。もっとも、当該領域内の行為により他人の権利利益を侵害する影響が生じるというような例外的な場合には、当該影響が、被害を受ける住人の受忍限度を超えると評価できる事情があれば、不法行為と認定される可能性があります。
2.東京地判平成24年3月1日判決
実際、悪臭が受忍限度を超えるものであり、民法709条に基づき住民Xらの損害を賠償する責任を隣接アパートの賃貸人であるYは負うとした上で、慰謝料を認めた裁判例があります。
・夫婦であるXらは、自宅建物に隣接するアパートの換気扇から調理時に出される排気を受けており、当該排気が受忍限度を超える異臭を伴うものであったため、精神的苦痛を受ける等の損害を被っていたと主張。
・Xらは、当時、換気扇から調理時に排気をする同アパート一棟全部を所有者から賃借して多数人を居住させていた賃貸人Yに対し、損害賠償を求めた。
・Xらが依頼した調査会社の調査結果によれば本件異臭の臭気指数は18であり、東京都における臭気指数の規制値10を超えるものであった。
・物件における居住時間が少なかった会社員である夫に対して慰謝料30万円、昼夜問わず家にいる時間が多い専業主婦の妻に対して慰謝料50万円が認められた。
臭いについて、受忍限度を逸脱するか否かについては、悪臭の程度や時間、悪臭による被害の態様や程度、損害の規模のほか、悪臭防止法などにおける公法上の基準を超えるか否かも重要な考慮要素となっています。そして、上記の裁判例においては、公害を防止する悪臭防止法という法律の臭気指数(悪臭防止法2条2項)という客観的に数値化されたものが、受忍限度を判断する上で、重要な考慮要素となっています。
また、臭気指数の規制値については、都道府県ごとにそれぞれ規定されていますので、現在居住している地域の規制値がいくらであるかについても把握する必要があります。
本件においては、受忍限度を逸脱する悪臭が発生したかが問題となるところ、臭気指数がどのくらいであるかの調査が必要であると考えます。その上で、当該臭気指数の結果を踏まえ、賃貸人に対しては債務不履行に基づく損害賠償請求、隣室の入居者に対しては不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性について、見通しを立てることができるようになると考えます。