ニューズレター
2020.Jun vol.67
不動産業界:2020.6.vol.67掲載
当社は、あるマンションを所有して賃貸事業を営んでいます。ある日、1階に入っている居酒屋さんから「新型コロナウイルスで休業が続いたせいで家賃が払えません。しばらくの間でいいので家賃の一部を免除してくれませんか」と相談されました。
この場合、貸主としてはどのように対処するべきなのでしょうか。
減額に応じる義務まではありませんので、理論上は一切応じないことも可能です。ただ、減額に応じた場合には税制上の優遇措置を受けられる場合があります。
他方で、減額に応じないことで滞納額が膨らんだとしても、新型コロナウイルスの影響による家賃滞納を理由とする契約解除は難しいです。
このように両面を捉えて考えると、一定期間減額に応じてテナントを援助することも一つの手だと思います。
1 減額に応じる義務まではない
テナントからの申入れは、すでに発生している家賃については債務免除(民法519条)の申入れを意味します。しかし、債務免除は貸主が自分の意思で行うものであって、借主から強制的に要求できるものではありません。また、これから発生する家賃に関しては、賃料減額請求(借地借家法32条)と捉えることもできます。しかし、この請求は、長い将来に亘って家賃減額することを前提としており、その物件の家賃が近隣にある同じような条件の物件の家賃相場に比べて不相当に高い場合でないと認められません。
そのため、貸主様には、家賃が不相当に高い状況となっていない限り、家賃の減額に応じる義務はありません。
2 税制上の優遇措置
家賃減額に応じる必要はないとしても、法人として賃貸事業を行っている貸主が減額に応じた場合は、税制上の優遇措置として、減額した家賃分の損金計上や、固定資産税等の納税猶予・減免が認められる場合があります。
(1)損金計上
以下の要件をいずれも満たす必要があります。
①新型コロナウイルスに関連してテナントの収入が減少し、事業継続が困難となったこと、又は困難となるおそれが明らかであること
②賃料減額が、テナントの復旧支援(営業継続や雇用確保など)を目的としたものであり、その目的による減額であることが書面などで確認できること
③賃料減額が、相当の期間(通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間)内に行われたものであること
この中で特に重要なのは、②の後半部分です。損金計上のために減額に応じるのであれば、テナントとの間できちんと合意書を取り交わし、その中で復旧支援目的での減額であることを明記しておくべきでしょう。
(2)固定資産税等の納税猶予・減免
以下の要件に従い、物件全体の固定資産税・都市計画税の納税猶予・減免が認められます。
①2020年2月から納付期限までのどこかの月の収入が前年比で20%以上減少
→2020年分の納税を無担保かつ延滞税なしで猶予
②2020年2月から同年10月までのどこかの連続3ヶ月の収入が前年比で減少
→50%以上の減少なら、2021年分の納税を全額免除
→30%以上50%未満の減少なら、2021年分の納税を1/2免除
3 新型コロナウイルスの影響による家賃滞納を理由とした契約解除は難しい
家賃の減額には応じられないし、払ってくれないなら退去してもらいたいと思われるかもしれません。このような主張は、法的には賃料支払義務の履行遅滞を理由とする債務不履行解除(民法541条)を意味します。しかし、賃貸借契約の解除は、貸主借主間の信頼関係が破壊されたといえるほどの事情がなければ認められません。
通常であれば、3ヶ月分以上の家賃滞納があれば信頼関係が破壊されていると評価されるのが一般的です。しかしながら、新型コロナウイルスという新種の感染症が世界規模で蔓延している昨今においては、平時の場合と同様に評価することはできません。法務省も、下記HPのQ&Aの中で「新型コロナウイルス感染症の影響という特殊な要因で売上げが減少したために賃料が払えなくなったという事情は、信頼関係が破壊されていないという方向に作用する」と明言しています。
(参照:法務省「新型コロナウイルス感染症の影響を受けた賃貸借契約の当事者の皆様へ~賃貸借契約についての基本的なルール~」http://www.moj.go.jp/content/001320302.pdf)
税制上の優遇措置は一定の要件を満たさなければ受けられないものではあります。ただ、契約解除が難しいというだけでなく、未知の感染症による非常事態に対処していくためには当事者間の相互協力が必要となる場面もあると思います。
ケースバイケースではありますが、一定程度の減額に応じることも一つの選択肢として検討に値するといえるでしょう。