ニューズレター


2021.Dec vol.85

どこまでが事故物件?


不動産業界:2021.12.vol.85掲載

当社が管理する物件で、半年ほど前に夫婦喧嘩による刃傷沙汰が発生しました。幸いなことに、この事件で死者は出ませんでした。しかし、この事件により、物件の床に血痕が付着してしまいました。また、当該事件は、ニュースでも報道されました。後日、当該物件に入居した賃借人が、この事件を知ったところ、「心理的瑕疵の対象となる事故物件だ!」と主張し、当社に対し告知義務違反に基づく損害賠償請求をしてきました。

当社としては、物件内で人が死亡したといった事情もなく、かつ、床に付着した血痕も残らず拭き取っていることから、当該物件が心理的瑕疵の対象となる事故物件に当たるとは考えておりません。法的な見解を聞かせてください。


心理的瑕疵の対象となる事故物件に該当するか否かは、通常一般人が、「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があると判断することができるか否かによって変わってきます。

本件では、確かに夫婦喧嘩による刃傷沙汰が本件物件内で発生しておりますが、死人が出ておらず、かつ物件の床に付着した血痕は全て拭き取られていることから、一般人を基準にすると、「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があるとは考え難いです。したがって、貴社に告知義務が認められる可能性は低いと思料致します。

さらに詳しく

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心理的瑕疵に該当するか否かは、通常一般人が、「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性があると判断することができるか否かによります。この判断の際には、⑴個別性⑵時間希釈⑶情報の拡散による不快感創出の程度という三つの視点が用いられます。

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⑴個別性

個別性の要因とは、個別具体的事情に基づいて、過去の事件・事故が説明義務の対象となるものか否かというものです。

本件は、夫婦喧嘩により刃傷沙汰が発生したというものですが、この事件による死者はいません。また、物件内の床に付着した血痕も全て拭き取っているため、通常人を基準にすると、不快感の程度は低いといえるでしょう。

⑵時間希釈

時間希釈とは、心理的瑕疵の対象となる事件の記憶については、時の経過とともに減少することから、個別具体的な事件・事故を説明する必要も同時に減少していくというものです。

本件においては、半年以上の時間が経過している点をどう評価すべきでしょうか。前述のとおり、不快感の程度が低いことも踏まえると半年程度であっても十分に心理的瑕疵が希釈されているといえるでしょう。

⑶情報の拡散による不快感創出の程度

事件や事故に関する情報は本来他人に知られたくない情報です。そのため、他人に知られてしまう可能性が高い事件・事故の場合には、情報の拡散により賃借人に強い不快感を生じさせてしまう可能性が高く、心理的瑕疵を肯定する方向につながります。

本件事件は、ニュース報道されていることから、情報の拡散が生じる可能性が高く、告知義務の対象となる心理的瑕疵が認められる方向に一定程度はつながると思料致します。

⑷総合考慮

⑴個別性⑵時間希釈⑶情報の拡散による不快感創出の程度等を総合考慮すると、本件事件においては、死者が出ておらず、かつ、物件内の床に血痕が付着する程度の事件であったため、仮に事件の情報が拡散されていたとしても、既に半年経過していることから入居者様に対して生じる不快感の程度は小さく、心理的瑕疵として説明義務の対象にはならないと考えられます。

3 判例

過去の心理的瑕疵の判例を見てみると、自殺、他殺、長期間遺体が放置された自然死事案など、「人の死」が実際に発生していたものがほとんどです。例外的ケースとして、賃借物件が振り込め詐欺グループの送付先住所として警察機関のホームページで情報公開されていた事件があります(東京地判平成27年9月1日)。この事件に関しては、同じく心理的瑕疵が問題となりましたが、裁判所は、心理的瑕疵は認定しませんでした。

4 宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン

どこまでが事故物件として心理的瑕疵の対象となるかについては、過去、様々な論争がありました。こうした論争を受けて、国土交通省は、令和3年10月付で心理的瑕疵として告知の対象となる範囲を示すガイドラインを制定しました。当該ガイドラインにおいては、心理的瑕疵の対象となるものは、原則として、①自然死や日常生活の中での不慮の死「以外の」死が物件内で発生した場合、②特殊清掃等が行われることとなった場合としました。また、当該ガイドラインに基づくと告知の対象となる死が発生した物件であっても、死が発覚してから概ね3年間を経過した後は、告知の対象とならないとしております。

いずれにせよ、当該ガイドラインに基づくと、告知の対象となりえる事故物件に該当するためには、何かしらの死が発生している必要があるため、死者が出ていないような場合には、原則的には事故物件としての告知義務は生じないと考えられます。

本ニューズレターは、具体的な案件についての法的助言を行うものではなく、一般的な情報提供を目的とするものです。

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