ニューズレター
2022.Aug vol.93
不動産業界:2022.8.vol.93掲載
私は、居住用アパートを所有し、賃貸しています。居住者の一人から、トイレから漏水しており、水道料金が異常に高くなっているとの報告を受けました。
現場の確認をすると、たしかに一見して漏水があり、賃貸人である私の負担で修理を行いましたが、それに加え、居住者から、高額化した分と通常の水道料金との差額を賠償するよう請求されてしまいました。水道料金の明細を見てみると、料金が異常になっているのは何と約3年前からでした。この場合、私は約3年間分の上記差額の全てを賠償しなければならないのでしょうか。
賃貸人は、賃借人に対して、賃貸目的物を使用収益に適した状態におかなければならないという「使用収益義務」(民法601条)を負います。よって、賃貸人がこの義務に違反した結果、賃借人に損害が発生した場合には、賃貸人に債務不履行に基づく損害賠償義務が生じる可能性があります(民法415条)。
本件では、漏水の発生につき、入居者が故意又は過失によりトイレを破損させたとの事情がないかぎりは、漏水によって発生した損害を賃貸人が賠償すべきと判断される可能性が高いといえるでしょう。
もっとも、今回のケースでは、必ずしも上記差額の全てを賠償する必要はないかもしれません。賃借人は漫然と漏水を放置していいわけではなく、「損害軽減義務」が課せられる場合があるためです。
損害軽減義務とは、債務不履行による損害の拡大を防ぐために、債権者にも合理的な措置をとる義務があるという考え方をいい、最高裁判例(最判平成21年1月19日参照)が採用した法理です。以下、判例の中身を見ていきましょう。
この判例の事案は、賃借人が、賃貸人からテナントの一室を賃借してカラオケ店を営業していたところ、排水管の不具合によって店舗が浸水し、営業ができなくなったために、賃借人が賃貸人に対して営業損害相当金を請求したというものでした。
これに対し裁判所は、賃貸人の債務不履行により、当該店舗でカラオケ店を営業できなかったことによって賃借人に生じた営業利益の喪失という損害は、賃貸人の債務不履行によって通常生ずべき損害に当たるとして、賃借人の損害賠償請求を認めました。
ここまでは一般的な判断であると思われますが、この判例のポイントはここからです。賃借人は、浸水を認識していたにもかかわらず、浸水の発生から1年7ヶ月もの間これといった措置をとることなく、この期間の営業損害の全てを賃貸人に請求していたという事情がありました。
裁判所は、この事情を重視し、賃借人が他の場所で営業を行う等の損害を回避又は減少させる措置をとることなく、営業損害が発生するにまかせて、その損害の全てを賃貸人に請求することは条理上認められないとし、賃貸人の責任を軽減させる判断を示しました。
あくまでも個別事案に対する判断ではありますが、賃貸借契約上の債務不履行について、債権者側にも義務が生じ得ることを示した点で画期的な判決であったといえます。
判例と本件では、事業用物件・居住用物件という違いはありますが、損害の拡大を賃借人側が招いたという重要な点で共通しており、判例の考え方が適用されることは十分に考えられるでしょう。
すなわち、本件の賃借人は、トイレから漏水していることを認識していたはずであり、そのために水道料金が異常に高くなっていることを知りながらも、3年以上賃貸人に報告せず、損害を拡大させていますが、これは損害軽減義務違反に当たり得るといえます。
したがって、上記判例の考えに照らすと、賃借人が約3年間の異常な水道料金と通常の水道料金の差額の全てを賃貸人に請求することは認められないものと考えられます。
たしかに、一般的には、漏水による損害は賃貸人に責任があるとされる場合が多いでしょう。もっとも、賃借人の損害軽減義務違反などによって、賃貸人の責任が軽減される事案も少なくありません。漫然と賃借人の要求に従うのではなく、弁護士等の専門家に相談してから対応することをおすすめします。