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ニューズレター
2022.Oct vol.95
不動産業界:2022.10.vol.95掲載
私は、老人ホームの運営会社に事業用物件を貸していて、現在も老人ホームが運営されており、通所の利用者だけでなく、物件で居住している利用者もいるようです。しかし、近年経営状態が悪化したのか、家賃の滞納が1年分に達し、今後も滞納状態が解消される見込みはありません。
私としては、このまま賃料を滞納され続けては困りますので、裁判でも何でもして早く出ていってほしいところですが、1年間も家賃を滞納しているわけですし、法的に追い出すことは可能ですよね。
家賃の滞納が1年間にも及んでいれば、信頼関係が破壊されていないとは言えず、賃貸借契約の解除による明渡請求が、裁判上認められる可能性が高いでしょう。ただし、裁判で勝訴したとしても、物件で老人ホームが営まれているという特殊性から、強制的に物件の明渡しを実現する手続きである強制執行を行う際は特別の注意が必要となります。
家賃を滞納している入居者に対して、明渡しの法的措置を行う場合の一般的な流れは次のとおりです。
まず初めに、賃借人に対して滞納家賃の支払催告の通知書を送付し、同じ通知書の中で「一定期間内に滞納分を支払わなければ契約を解除する」という解除の意思表示を行います。
通知書発送後、一定期間内に滞納分が支払われなければ、賃借人を被告として裁判所に訴訟を提起します。裁判実務上は、3か月分以上の滞納があれば賃貸借契約の解除が認められやすくなります。裁判で勝訴した場合、裁判所から「賃借人は物件を明け渡さなければならない」という判決が出されます。
判決が出された後、実際に物件の明渡しを実現するためには、賃借人が自ら引越しをしない限り、裁判所を通じて強制執行手続きを行っていくことになります。強制執行手続きでは、「催告」という明渡しの最終通告を行った後、「断行」という実際に物件の中にある物を全て運び出して処分し、鍵を付け替えることで明渡しを実現していくことになります。
本件では、物件で老人ホーム経営が行われており、物件に居住している利用者がいるとのことですので、強制執行によって当該利用者たちに対しても明渡しを実現することができるのかが問題となります。具体的には、①賃借人である老人ホーム運営会社に対する「物件を明け渡さなければならない」という判決の効力が、老人ホームの利用者に対しては原則として及ばず、利用者に対しても訴訟を提起しなければならないという問題、そして、②老人ホームの利用状況や、利用者のもつ障害の程度等によっては、いわゆる「過酷執行」として執行不能となる可能性があるという問題です。
①の問題点との関係で、全利用者の名前等が判明している場合には、利用者も被告に含めて訴訟を提起することが可能です。しかし、家主が老人ホームの全利用者の名前を把握しているとは限らず、把握しようにも把握できないことが通常です。そこで、明渡しの強制執行の実現を当初から担保するために、保全手続き(占有移転禁止の仮処分)を行うことが考えられます。
保全手続きを行うことで、当該物件を占有している人物(老人ホームの利用者)を固定化し、その者を被告として訴訟を提起することが可能となります。
ただし、事前に予納金を裁判所に納める必要があること、また、次の過酷執行の問題はなお残ること等が懸念点となります。
例えば、強制執行により当該老人ホームの利用者が外に出なければならないとすると、当該老人ホーム以外に行く当てのない利用者が過酷な状況に晒されることとなり、これを避けるために執行が不能と判断される可能性があります。
過酷執行の対応としては、老人ホーム等の介護施設を所管する行政機関と連携することで、利用者の受け皿を用意することになります。この段階に至れば、再度の強制執行によらず、任意による明渡しで解決することもあります。